三度の飯より授業が好き

生徒の学力向上に真正面から挑む塾講師の勉強ブログ

【読書】科学的とはどういう意味か 森博嗣

・科学的=「方法が共有され、他人に再現できる」「批判される過程で慎重に受け入れる(受け入れられていく)」「理論に基づいて考えれば正しく現象を予測できる」

・数量を把握することが、現実を正確に掴むことにつながる

・多くの科学は自然の観察から始まり、その仕組みを理解し、法則性を見出す。そしてその法則性を使って現象を正しく予測し、応用することが可能になる。

 

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【読書】使える脳の鍛え方 成功する学習の科学 ピーターブラウン他

【新しく学んだことを想起練習する】

「想起練習」とは何か自分でクイズをすること。再読ではなく、記憶から知識や技術を思い出すことを学習の中心に置くべきだ。

どう勉強法に取り入れるか教科書や講義ノートを読むときに、ときどき手を止め、テキストを見ずに次のように自問する。ここで重要な概念は何か。初めて見る用語や概念はどれか。それらをどう定義するか。この考えはすでに学んでいることとどう関係するか。

クイズのあとは答え合わせをして、知っていることと知らないことを正確に把握しているかどうか確かめる。クイズを使って自分の弱点を発見し、その範囲の学習を強化して弱点を克服しよう。新しく学んだことを思い出すのがむずかしいほど、学習効果は高まる。まちがえたとしても、答え合わせで正すことさえ怠らなければ、失敗ではない。

なぜ想起練習のほうがすぐれているのかー再読によってテキストに慣れると、理解しているという錯覚を起こすが、それで教材を習得したとは必ずしも言えない。テキストに慣れることには、ふたつの問題がある。ひとつは学んだと思い込むこと、もう一つはあとで思い出せるというまちがった認識を持つことだ。

それに対して、主要な概念や解釈について自分でクイズをすれば、周辺情報や教授の言い回しではなく、中核となる原則を理解するのに役立つ。また、自分が理解していること、学び足りないことを客観的に知ることができる。さらに、クイズは忘れることを防止する効果もある。忘れるのは人間の本質だが、新たに学んだことを思い出す練習をすれば記憶が強化され、あとで思い出しやすくなる。(P.210~212)

☞高校時代、電車通学に時間がかかるため、電車の中で勉強していた。車内は混雑するのでペンを使った勉強はできない。必然的に単語帳やノートを開いて覚えるタイプの勉強になる。そんな中で、この「想起練習」は自然に身についていったように思う。赤シートで隠して想起を試みて、思い出せなければその場で確認⇒あとでもう一度想起を試みるということの繰り返し。そのうち、授業で取るノートも、赤シートで隠せるように重要な項目はオレンジのボールペン(赤シートでよく隠れる)で書くようになった。

おかげで古文単語・英単語や、世界史や倫理など、覚えることが中心の教科は机に向かって勉強した記憶がほとんどない。だいたい電車の中で覚えてしまっていた。

 

【間隔をあけて練習する】

「間隔練習」とは何か同じ教材を一定の時間をあけて複数回学ぶこと。

どう勉強法に取り入れるか少し忘れたころを見計らって自分にクイズを出し、再度勉強する。どのくらい時間をあけるかは、教材次第だ。人の顔と名前のような、つながりを忘れやすいものなら、最初に見てから数分以内に見直す必要があるだろう。教科書の新しい内容なら、最初に読んでから1日、2日以内に再読した方がいいかもしれない。そしてもう一度見る時には、数日から1週間ほどあける。ある内容をマスターしたと感じたら、1か月に1度クイズを行う。また、学期中に新しく学んだもののクイズをすると同時に、まえに習った内容も想起練習し、その知識があとから学んだこととどのように関係するか考える。

間隔をあけて練習するもうひとつの方法は、ふたつ以上の主題を交互に練習することだ。代わる代わる学べば、どの主題にも新しく切り替わった頭で接することになる。

直感的にはーひとつのことに長い時間をかけて集中し、習得したいことを繰り返し練習するほうがよさそうに見える。新しい技術や知識の習得には欠かせないと信じられてきた。練習あるのみという集中学習だ。この直感には説得力があり、ふたつの理由で反論しにくい。まず、同じことを繰り返し練習するとたいていうまくなるので、この練習法は正しいと思い込む。第二にひとつのことを繰り返して上達したとしても、それは短期記憶に入っているだけですぐに忘れてしまうということを理解していない。憶えてもすぐに忘れてしまうことがわからないから、集中練習は効果的という印象を持つのだ。

なぜ間隔練習のほうがすぐれているのかーたんなる繰り返しで何かを記憶に刻み込めるという考えは、広く信じられているがまちがいだ。たくさん練習することに効果はあるけれども、間隔をあけなければ意味がない。自分でクイズすることを勉強法の中心都し、まえに学んだことを少し忘れるくらい学習の間隔をあけると、思い出す努力をしなければならない。つまり、長期記憶から「リロード」することになる。その努力で重要な概念が目立って覚えやすくなり、ほかの知識やさらに新しく学ぶこととしっかり結びつく。間隔練習はじつに効果的な学習法なのだ。(P.213~214)

☞「覚えるためには、少し忘れなければならない。」初めてこの教訓に接したときは、意外な感がすると同時に、経験を振り返って深く納得もしたものだ。受験生時代、問題集は3周以上解くようにしていた。1周目はすべて。2周目は1周目で間違えたり分からなかったりした問題だけ。3周目以降も同様に繰り返す。今にして思えば、それがちょうどよい間隔練習になっていたのだと思う。(この方法で勉強したセンター試験の英文法の問題は、ほぼ満点だった。)

このことを生徒や保護者に伝えても、やはり驚かれることが多い。「忘却=勉強においてあってはならないこと」という思い込みは、それほどまでに根強いのだ。「忘れることは悪いことではなく、むしろ勉強のためには必要なこと」という学習観を共有しておきたい。…定期テスト対策も、直前に詰め込むより、毎週間隔練習をした方が効果が上がるだろうか。

 

【種類のちがう勉強を交互にする】

「交互練習」とは何かー数式を学ぶなら、一度に二種類以上を勉強し、解法のちがう問題を代わる代わる解くようにする。生物の種類でも、オランダの画家でも、マクロ経済の原理でも、さまざまな例を混ぜるのだ。

どう勉強法に取り入れるかー多くの教科書は主題ごとにまとまっている。たとえば、回転楕円体の体積の求め方といった特定の問題の解き方が説明され、いくつも練習問題があったあとで、別の種類の問題(錐体の体積の求め方)に移る。この種の「ブロック練習」には交互練習ほどの効果はない。こうしてみよう。勉強の計画を立てる際に、解き方は覚えたけれどまだ充分に身についていない新しい種類の問題を、ほかの練習問題に混ぜて交互に取り組み、それぞれに適した解き方を思い出せるようにする。特定の主題や技術に集中しすぎて、そればかり練習していると気づいたら、やり方を変える。ほかの課題や技術と混ぜて、つねにどの種類の問題か、そして正しい解き方はどれか気づく能力を養う。

直感的にはー一度に一種類の問題を集中して解き、その種類を「完璧に」習得してから次の種類に移りたくなる。

なぜ交互練習のほうがすぐれているのかさまざまな種類の問題を混ぜることで、酒類を見分け、その種類に共通する特徴に気づく能力が養われる。のちの試験や実際の環境では、問題の種類を判別し、正しい解決策を当てはめて解かなければならないが、それがうまくできるようになる。(P.215~216)

☞特に意識していたわけではないが、この「授業・学習指導」の勉強においても、本のジャンルを代わる代わる読むようにしている。「勉強法」の本を読んだら、次は「話し方」、「教え方の原理・原則」、そしてまた「勉強法」に戻ってくるというように。

時に「授業・学習指導」の情報マップに加えていないまったく別ジャンルの本を読むこともある。(単純に、同じジャンルの本ばかり読んでいたら、飽きてしまう)

それが学習法として理に適っていると知って、少しホッとしている。

ここで書かれているように、「ブロック練習」の方が効果が高いという思い込みもまた根強い。かくいう私自身も、その思い込みに囚われていた人間の一人。

たとえば、新任講師の授業指導を行う際、以前は同じ題材で授業の練習を繰り返しさせていた。同じ授業を繰り返すことで、原則が着実に身についていくと考えてのことであった。

しかし、トレーニング期間を終えた講師が実際に生徒相手の授業を始めると、思ったように学んだ原則を活かせていない状況が分かってきた。

繰り返し練習した題材には習熟したものの、それを他の題材でも活かす応用力が身についていなかったのだ。(知識や経験の「転移」はそもそも起こりにくい)

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最初のうちは、自信をつけさせるために、同じことを繰り返すブロック練習をするのも有りかもしれないが、一定の段階まで進んだら交互練習に切り替えるべきなのだろう。

現在指導している講師は、交互練習でトレーニングしている。(録画での振り返り+私の示範授業をセットにして。 )どう成果が出るか、楽しみだ。

 

【「精緻化」で想起の手掛かりを増やす】

「精緻化」とは何か新しい教材に新しい意味づけや解釈を見つけるプロセス。たとえば、自分のことばで誰かに説明したり、教室の外の自分の生活とどうかかわるか考えたりして、その教材をすでに知っていることと関連付ける

どう勉強法に取り入れるかー効果的な精緻化の方法は、新しい教材に関するたとえや視覚イメージを見つけることだ。たとえば、物理学の角運動の原則を理解するために、フィギュアスケーターが両腕を胸元に引き寄せて回転スピードを増すところを視覚化するなど。新しい知識を、すでにある知識と結びつけて精緻化するほど、新しい知識への理解は深まり、結びつきが強化されてあとで思い出しやすくなる。

生物学教授のメアリー・ウェンでロスが学生に大きな「まとめシート」を作成させ、精緻化を進めた方法がある。一週間のうちに学んださまざまな生物系がどのように相互に関連しているか、一枚の大きな紙に図式とキーワードでまとめる作業で、意味の層を増やして概念や構造、相互関係への理解を深める精緻化の一形態だ。(P.217)

☞「ノートのまとめ」は、成績向上に効果がある方法としてよく挙げられるが、ここまで学んできて、やり方次第では自己満足になってしまうことがわかった。よくあるのは、「教科書や参考書に書かれていることをそのまま写すまとめ方」である。これでは、すでに知っていることとの関連付けはどうしても弱まってしまう。このやり方を生徒に指導する際は、「まず何も見ないでまとめること」「その後、教科書や参考書と見比べること」を強調したい。

(このジャーナルも、本当はそうした方がよいのだろうけれど…時間の関係もあるので、自身の体験や知識を関連付けたコメントを述べることで、精緻化を図るようにしている)

 

【生成練習で新しい学習を受け入れやすくする】

「生成練習」とは何か答えや解き方を教わる前に自力で試してみること。たとえば、文章中の欠けた単語を埋める(それを書いた人に与えられることばではなく、自分で言葉を考える)ような簡単な練習でも、たんに完全な文章を読むより学習が深まり、記憶に残る。

どう学習に取り入れるかー授業で新しい教材を読むときに、出てきそうな主要な概念をあらかじめ予想して自力で説明し、既存の知識と関連があるかどうか考えれば、それが生成学習だ。そのあと教材を読んで、自分の解釈が正しかったかどうか確かめる。最初に努力したことによって、予想と実際の内容がちがっていたとしても、要点や関連性の把握がしっかりとできる。

もし科学や数学の授業で問題の種類ごとに異なる解き方を学ぶのなら、授業を受ける前に解いてみることだ。セントラルルイスのワシントン大学物理学科では、授業のまえに予習として問題を解くことを義務付けている。解き方を教えるのは教授の仕事だろうと腹を立てる学生もいるが、事前に問題に取り組むと授業中の学習が強化されることが教授には分かっている。(P.217~218

☞「記憶は思考の残滓である」という言葉の通り。自分で解いてみるという段階を経なければ、思考の強度は弱くなり、学習は深まりにくい。筋トレと同じで、学習するため(=新たな神経のネットワークを形成するため)にはある程度の負荷が必要なのだ。

授業においても、問題演習の際はもとより、新しい内容を教える際にも、なるべく多くの思考の機会を設けるようにしたい。板書に敢えて「空白」をつくるのも一つの手段だろう。

 

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本書のメッセージを一言でまとめると、「効果的な学習には、ある程度脳に負担をかけなければならない」ということになるだろう。

巷には「○○を2時間でマスター」「すらすらと頭に入る△△」と謳った参考書や勉強法の本が溢れているが、脳科学認知科学の成果が支持しているのは、そのような”楽”な勉強法ではなく、ある程度”苦労”する勉強法なのである。

 

もちろん、闇雲な苦労ではいけない。効果的な学習には、どんな種類の”苦労”が必要なのかをまとめたのが、本書である。

 

①想起しながら学習を進める苦労

②間隔を空けて少し忘れたものを思い出そうとする苦労

③違うテーマを交互に勉強する苦労

④知っていることと結び付ける苦労

⑤まずは自分で解いてみる・考えてみる苦労

 

昔からどんな分野でも強くなるためには、修業が必要だった。

そうした修業に立ち向かえるよう、勉強を価値づけ、期待を高めるよう動機づける(勇気づける)働きかけが、指導者には求められると言えよう。

 

使える脳の鍛え方 成功する学習の科学 | ピーター・ブラウン, ヘンリー・ローディガー, マーク・マクダニエル, 依田 卓巳 |本 | 通販 | Amazon

【読書】教師の話し方 多賀一郎 佐藤隆史

【発声のメカニズム】

「話す力」の一番の土台のようなものは何かと言えば、それは「声」です。確実に声を届けるということです。確実に声を届けることなしには教室で教師の役割は果たせません。そのために、自分の声を知ることがまず大切です。

自分の声を知るということはどういうことなのでしょう。それは、呼吸、姿勢、共鳴、口形、滑舌といった「発声」のメカニズムを知り、その声がどのように目の前の子どもたちに届いているのかを知ることです。(P.17)

☞「声を大きく出せ」「腹から出せ」云々は声についてよく聞かれるアドバイス(?)だが、どのようにすれば届く声を出せるのか、ここで説かれているような発声のメカニズムに基づいて科学的に指導を受けたことは、今の今まで一度も無かった。声で勝負する歌手や声優、アナウンサーほどでなくても、日常的に話し伝える仕事をする教師が、こうした訓練を受ける機会が無いというのは、よくよく考えてみれば由々しきことではないだろうか。

 

【呼吸】

若い教師の授業を参観すると、その声が子どもたちに届いていないケースを観ることがあります。まず、物理的に音量が小さくて届かないというケースです。その原因は息が浅いからです。声は喉の声帯を震わせて、その微かな音を身体の色々な部分で共鳴させながら声にします。その微かな音の元になるのが「息」です。たっぷりと吸った息をコントロールしながら吐く。その息を声に変えていくのです。その「吐く息」の量が少ないと十分に声帯を震わせることはできません。しっかりとした呼吸で、余裕を持った息遣いと、たっぷりとした声量が確保されたとき、教室の隅々まで「声を届ける」ことができるのです。

(中略)

たっぷりとした声量を確保するためにここでは腹式呼吸の方法をマスターしていきましょう。最初は、息をたくさん吸い、お腹の(実際は横隔膜なのですが)下のほうを下げる意識で溜め、ゆっくりと声を出すようにするといいでしょう。この「たくさん吸って」「ゆっくりと吐き出す」という息のコントロールができるようにするためには、2拍で吸って、2拍そのまま止めて、8拍で吐いていくというトレーニングをします。吸った後に止める長さは2拍から5拍くらいまで伸ばしてもいいでしょう。鼻から吸った息をお腹の下の方に入れていく感じで吸い、止めている2拍のときは、お腹で支える感じです。そして、8拍でバランスよく吐き出し(吐き切り)ます。この吐く8拍を、12拍や16拍にして吐く息のコントロールを身体に覚えさせます。吐くときは、上の歯と下の歯の間に少し隙間を作って、その間から「スーーー」と息だけを均等に吐いていくのです。(P.19~りゃく20)

☞声を出すときの呼吸はまったく意識していなかった。「息が続かなくなる」ということはよく聞くが、それは息が浅いからだったのだ。具体的なトレーニングも提案されていて、ありがたい。

 

【姿勢】

声を出すときの発声器官は、喉と口だけではありません。身体全体が発声器官です。そう考えると、声を届けるためには姿勢はとても重要なのです。(中略)

「足の裏!…ピタっ!」両足の裏側を床にピタっとつけることを意識すると、下半身が安定します。膝は柔らかくしておき、あまり力を入れないようにします。子どもたちには「足の裏全体からエネルギーをいっぱい吸い取る感じで」と言って指導します。子どもたちの前に立つ教師としては、両足に体重を乗せて、両足の間は少し開いておく立ち方をおすすめします。「休め」の姿勢や、片足に体重をかけすぎて斜に構えた姿勢では、声に力がこもりません。人の前に立って話すときの姿勢で最も大切なのは、下半身が安定していることなのです。

片足に体重をかける姿勢は、無意識のうちによくやってしまっていた。(ひどいときには壁に寄りかかることも…)正しい姿勢で立つことを習慣づけたい。

「腰骨!…ピッ!」私のもう一つの癖は「猫背」でした。いまも意識をしなかったら、背中は丸まってしまうのですが、あるとき「立腰」という言葉に出会いました。背筋を伸ばすのもいいですが、それより腰骨を立てるという意識のほうが、どっしりと落ち着きのある声が出ます。お腹よりも腰に意識が行くことで、自然と腹式呼吸に近づいていきます。腰骨が立っていると、何も邪魔されないでまっすぐに声が出てくる感じがします。

☞「立腰」は国民教育の父・森信三先生も、躾の眼目の一つとして挙げられている。身体に負担がかからない姿勢であると説かれていたが、声にも影響するようだ。

「肩は!…ストン!」下半身はどっしりと安定させ、上半身は力を抜くようにします。特に肩や首に力が入ると疲れてきますし、豊かで響く声になりません。力が入りそうな体の部分をいかに脱力できるか、これは肉体訓練です。合唱団の団員は、オペラ歌手、舞台俳優などの人たちは、毎日体の余分な力を抜く訓練を積み重ねています。話す力をつけたい私たち教師も、声を届けるためにそうありたいものです。

☞緊張すると、肩や首に力が入る癖がある。授業後にどっと疲れるのはそのためだろうか。ここまで見てきて、いかに自分が体の使い方が下手なのかがよく分かる。

「目は!…まっすぐ前!」下を向くと喉が閉まってしまいます。また、目は口ほどに物を言います。まっすぐ前は、子どもたち一人ひとりをくまなくまっすぐに見るということです。そうすることで、声だけでなく言葉や思いも届くのです。声を届けるだけでなく、思いや気持ちも届けるには目線や身振りは欠くことのできない要素なのです。(P.21~24)

☞下半身の安定、上半身の脱力、目線。意識すべきポイントが具体的に分かってきた。授業前の時間を使って、ウォーミングアップの習慣をつけたい。

 

【共鳴】

ハミング(唇を閉じて「m~」と声を出す)をして、鼻の頭や鼻筋を触ってみます。振動しているのが分かるでしょう。そして、もっと鼻を震わせようとしてみてください。すると鼻がくすぐったいような感じになると思います。鼻の奥から目や頬のあたりは空洞があり、その隙間を「鼻腔」といいます。そこが振動して響くのです。これを鼻腔共鳴と言います。他にも響く(共鳴する)場所がたくさんあります。口、頭、喉、胸などです。この場所をそれぞれ触りながら「響かせよう!」と意識してハミングしてみてください。声は声帯が上下左右に振動して出るものですが、声帯の振動だけでは全くと言っていいほど届きません。ごくごく小さな音なのですから。声帯で作られた声の素を身体の各所で響かせることできちんとした「声」になるのです。(P.26)

 ☞体の空洞を用いて、響かせるという意識もまったく無かった。ハミング法は練習に取り入れてみよう。

 

【滑舌をよくする発声・発音練習】

アイウエオ アエイウエオアオ オエウイア

カキクケコ カケキクケコカコ コケクキカ

(…以下ワ行まで続く)

 アナウンサーや劇団員たちも普段から息をするようにやっている練習です。私は通勤に自転車を使っていますが、通勤の自転車を漕ぎながらやっています。ときどきボイスレコーダーに録音して聞いてみると、自分の苦手な行が分かります。聞くまでもなく、発音しにくい行はあるものです。息のコントロールが苦手な人は「ハ行」が、唇が滑らかに動かない人は「マ行」が苦手という人が多いです。深く考えることなど何もいらない単純な練習ですが、毎日繰り返していると、効果が実感できます。(P.32~33)

☞授業で舌が回らない時がある。後半になるにつれてだんだんと乗ってくる。また、2コマ目の授業ではわりと舌が回りやすい。話しているうちに、だんだんと舌が”温まって”くるのだろう。であれば、こうした発声練習でウォーミングアップをしてから臨むようにしたい。

 

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今までいかに無理やり声を出していたのかが、よく分かった。

①下半身を安定させ、上半身を脱力する姿勢を取ること。

②「声の素」を大きくするだけではなく、それを響かせるようにすること。

③発声練習で舌が回るようにすること。

 

どれも意識すれば、今日から実践できそうなことばかり。

さっそくやってみよう。

 

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【読書】勉強嫌いを好きにする9の法則 教師の勝算 Daniel T.Willingham

【脳は考えるのが得意ではない】

一般的に信じられていることとは逆に、脳は「考える」ようにはデザインされていない。脳は考えるのがあまり得意ではなく、なるべく考えるのを避けるようにできているのだ。「考える」というのは時間がかかり、不確かなことだからだ。それでも、達成が見込めるときは人はその知的活動を楽しむことができる。つまり問題を解くのは好きだが、解けない問題に取り組むことは好きではないということだ。(P.14)

☞動機づけの理論で言えば、「価値×期待」の中でも特に「結果期待」が大きく作用するというのが実感。「頑張ればできそう」と思えるレベルの課題設定が重要。

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【考えるためには知識が必要】

意味もわからず事実を暗記させることでは子どもの能力を強化できない。それは確かだ。また、事実的な知識がない状態で分析したり、総合的に考えたりする技能を子どもに身につけさせることが不可能なのも(あまり評価されることはないが)事実である。認知科学による研究によると、教師が子どもに求める技能ー分析したり、批判的に考えたりする能力などーを習得するには幅広い事実的な知識が要求される。(P.52)

☞文章を読んで理解する際、スキーマが有効にはたらくことが知られている。背景的知識は、まさにこのスキーマとしてはたらく。物事を考える際には、長期記憶から関連する知識を呼び出して、目の前の状況に当てはめることが多い。本書では知識の獲得の手段として、読書の効用も説かれていた。読書は今も昔も、体系的に知識や語彙を得るもっとも確実な手段である。

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【記憶は思考の残渣である】

私たちは経験することすべてを記憶に残すことはできない。あまりにも多くのことが起きるからだ。では、記憶体系には何を保持しておくべきだろうか。何度も繰り返されることだろうか。結婚のような、一度だけでもとても重要な出来事だろうか。もしくは、感情が揺さぶられるような出来事だろうか。しかし、重要ではあっても特徴のないこと(大部分の学校の課題など)は、私たちは思い出すことはできない。では、記憶体系は後から思い出す必要がある事柄をどのように判断しているのだろうか。記憶体系の見当のつけ方はこうだ。「何かを懸命に考えるということは、それについて再び考えなければならなくなるため、保持しておく必要がある」と。つまり、記憶は覚えておきたいことを覚えておこうとすることの産物ではなく、「何かについて考えること」の産物なのだ。(P.100)

☞教科書を見ながら問題を解こうとしたり、分からない問題の解説を写して終わりにしたりといった勉強方法は、思考を伴わないために、結局記憶に残らない非効率的なやり方であることが分かる。

テストのように”「考えて」自分の解答を仕上げる”というステップがどうしても必要なのだ。➡間違い直し勉強法

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授業においても、記憶させたいことについて思考させる働きかけが必要になる。初心者の講師にありがちなのは、授業=プレゼンだと思っていること。生徒に疑問を投げかけるといった思考を促す働きかけが少なすぎて、ほとんど印象に残らない。発問の重要性はここにある。

 

【頭は具体的なことを好む】

抽象化は学校教育の目標である。教師はみな、学校で学んだことを学校外の状況など、新しい状況で応用できるようになることを望んでいる。問題は、頭が抽象化を好まないことだ。頭は具体的なことを好む。そのため、抽象的な原理ーたとえば、「力=質量×加速度」などの物理法則に出会うと、理解しやすいように具体的な例を求める。私たちはすでに知っている事柄に結びつけて新しい事柄を理解するが、私たちが知っていることの大部分は具体的なことである。そのため、抽象概念を理解することは難しく、新しい状況に応用するのも難しいのだ。子どもが抽象概念を理解できるもっとも確実な方法は、子どもを抽象概念の様々なバリエーションに触れさせることである。つまり、テーブルの天板、サッカー場、封筒、ドアなどの面積の計算問題を解かせることである。(P.158~159)

☞そもそも「転移」は難しいと言われる理由はここにある。抽象は、具体(それもなるべく多くの)を通してしか把握されない。授業でいきなり公式や語句の説明を始められると抵抗感が大きいのは、それが具体をすっ飛ばして抽象を押し付ける行為だからだろう。

 

【十分な練習なくして知的活動はマスターできない】

私たちの認知体系の障害となるのは、頭の中で同時にいくつの概念を操れるかということである。たとえば、暗算で19×6を解くことは容易だが、184.930×34.004を解くことはほとんど不可能である。処理は同じなのだが、後者の場合は計算の過程を追うために頭の”容量を使い果たして”しまうのだ。だが、頭はあるトリックを使ってこの問題に対処している。そのもっとも効果的なものが練習である。練習は知的活動に使用する”場所”を減らしてくれるからだ。サッカーでドリブルをするとき、ボールを蹴る強さや、足のどの部分を使うかといったことに神経を集中しているようでは、優れた選手になることはできない。このような基本的な動作を無意識にできるようになり、試合の戦略といった高度な事柄に対応する余裕を残していなければならない。同じように、代数をマスターするには基本的な数学的事項を暗記していなければならない。

(中略)練習により、次の三つの重要な恩恵が得られる。つまり、より高度な技能を習得するために「必要な基本技能の強化」「その忘却の防止」「転移の促進」である。

(P.192~194)

☞抽象的な操作を行うにあたっても、それを行う状況を反復練習することで、スムーズにできるようになる。ただし、その練習は集中的に行う練習(=集中学習)と、間隔を開けて行う練習(=分散学習)に分けられる。集中学習は、いわゆる「一夜漬け」で直後の成績はよいが、その後の定着率は悪い。その一方で分散学習は、集中学習の直後に比べると成績は劣るものの、その成果は長く保持される。授業では集中的に反復し、その後の復習では分散学習に取り組ませるのがよさそうである。

 

【スローラーナーへの支援】

私たちはスローラーナーに対して何ができるだろうか。この章のポイントは、スローラーナーは頭が悪いのではないことを強調することだ。潜在能力ではほかの子どもとほとんど変わらないだろう。知能は変えることができるのだから。誤解しないでもらいたいが、スローラーナーでも簡単に追いつくことができるという意味ではない。スローラーナーもファストラーナーと同じ潜在能力を持っているが、違いもある。たとえば、知識の内容、やる気、学業でつまづいたときの粘り強さ、子どもの自己イメージなどである。スローラーナーでも追いつくことができると私は強く信じているが、彼らが大きく遅れていて、追いつくには並々ならぬ努力が必要であることは認めなければならない。では、どうすれば手助けすることができるか。スローラーナーがファストラーナーに追いつくには、まず自分が成長できるということを信じさせ、次に、挑戦する価値があることを納得させなければならない。(P.321)

☞「能力ではなく努力を褒める」「努力は報われることを実感させる」「失敗は当然のこととして扱う」「具体的な勉強のスキルを教える」…

今年度、習熟度で下位のクラスを担当していて、特に意識したこと。上位生にとって当たり前のこと(=やればできるという信念、問題を解く際の思考)でも、下位生にとってはそうではない。教えて、反復させることが必要なのだ。これらを意識したことで、下位クラスでも上位クラスの生徒の成績を上回るケースが出始めた。教師の関わり次第である。

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本書では、脳科学認知科学の成果に基づき、授業・学習指導の改善の具体的方法を提言している。

どの原則も、これまでの指導の経験から深く頷かされることばかりだった。

①「価値・期待」の適切な課題の設定

②知識を覚えさせることをためらわない

③記憶させたい知識に関連した思考場面をつくる

④抽象概念を獲得させるために具体的な状況を変化をつけて繰り返す

⑤練習の価値(=基礎技能強化、忘却防止、転移促進)を語り機会を確保する

⑥学習が遅い生徒も成長できると信じて努力を励ます

 

今後も折に触れて読み返したい1冊。

 

教師の勝算―勉強嫌いを好きにする9の法則 | Daniel T. Willingham, 恒川 正志 |本 | 通販 | Amazon

【読書】勉強法が変わる本 心理学からのアドバイス 市川伸一

【教科書の用語を説明してみる】

自分がわかっているのか、いないのか、どうももやもやしているというときに、説明できるかどうかでチェックしてみるというのはすごく大切な勉強法だ。

自分で練習や確認をするときに「用語集」として使えるのは、教科書や参考書の索引である。索引の用語を見て、「説明できるかどうかあやしい」と思ったら、本文の解説を読み直してみよう。説明させるような問題はテストに出ないからといっていいかげんにしていてはいけない。定義や具体例を通じて意味を理解しておくというのは、問題を解くための大前提だと考えてほしい。(P.74~75)

☞日頃生徒にアドバイスしていることがそのまま書かれていた。数学や理科は、「問題を解くこと」が勉強だと思っている生徒は多い。そういう生徒に限って、教科書の内容がきちんと身についておらず、結果的に効率の悪い勉強になってしまっている傾向がある。

伊沢拓司氏の「勉強大全」にも説かれていたように、基礎=教科書に載っていること。

教科書を「使う」ことは、繰り返し指導したい。

 

【文章理解には知識と推論が必要】

文章理解に使われる知識とは、まず第1に語彙や文法などの言語的知識である。少しかたい文章を読むためには、それなりの難しい言葉を知っていなくてはならない。

(中略)

認知主義の立場に立つと、人間が新しい情報をとりこむためには、あらかじめ何らかの枠組みが必要である。決して、白紙の状態に書き込んでいくようなものではないのだ。

(中略)

このような枠組みとなる知識が、スキーマである。スキーマを持たない人や、もっていても呼び出しに失敗した人には、文章が理解できないということになる。語彙と文法という言語的知識だけでは、文字通りの事実しかわからず、文章についての内容的な質問にも答えられない。

ここでぜひ、知っておいてほしい用語は、ボトムアップ処理トップダウン処理である。ある形の文字をみて、「これはAだ」とわかるときに、対象の持っている線分や角の特徴を分析していって、だんだんと候補をしぼり、「アルファベットのAに違いない」と認識するやり方をボトムアップ(下から上へ)処理という。いわば、無心に、淡々とデータを積み重ねて結論を出していく方法である。

これとは反対に、「CとTの間にあるからたぶんAだろう」というように、期待、予測、仮説などをもって、認識する方法をトップダウン処理というのである。幽霊が出ると思っていると、なんでもないものまで幽霊に見えてしまうのもその好例である。

人間は、この両方をうまく使いながら自分のまわりの世界を認識して情報を取り入れている。(P.91~95)

☞伊藤敏雄先生の本から「読解=文章に書いてあることを構造化して理解すること」と学んだが、ここではその読解を認知科学的に説明している。

理科の問題を解く際に、

①まずは実験の図を見る

②次に「問題文」を見る(実験の説明文ではない)

③最後に「実験の説明文」に問題を解くのに必要な情報を探しに行く

という読解の手順を教えるようにしているが、これは認知科学的に言えば、図や問題文から使うスキーマを判断し、それをもとに実験文を読むという行為になる。

理科において知識を身に着けるということは、このスキーマをいつでも引き出せる形で保持しておくことに他ならない。

 

【問題から教訓を引き出す】

ぼくが大切だと思うのは、与えられた「チャート」や「鉄則」がなくても、そのようなルールを問題を解くごとに自分で作り出す経験を踏むことだ。これは、とくにうまく問題つgが解けなかったときにこそやってほしい。つまり、「なぜ、自分はうまく問題が解けなかったのか」「この問題を解くことによって何がわかったのか」という「教訓」を、問題から引き出すということである。(P.134)

☞授業で問題を解説する際は、問題を解く際の着眼点やルール、鉄則を教えることを意識するが、それを生徒自身が自力でできるようにしていく視点はこれまであまりなかった。与えられた気づきよりも、自分で見出した気づきの方が身に付きやすいことは、経験上身に覚えがある。

問題の間違い直しを指導する際、初期の段階では「間違えた原因」「どんな工夫をすれば正解にたどり着けるか」を書かせるフレームワークを与えてみるのもいいかもしれない。

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著者の体験や認知心理学の知見をもとに、勉強法の原理原則を説いている。高校生向けということで、説明は分かりやすいが内容は本格的。

生徒の学力向上を目指す上で、認知心理学認知科学)は強力な土台になることを改めて認識した。

学習指導力認知心理学認知科学)×縦横の教科知識×問題分析×経験&反省

この他にも要素はありそう。図で整理してみよう。

 

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【読書】プロ教師の「超絶」授業テクニック 中土井鉄信

【子どもが「わかる」解説】

動機づけの理論は、色々あります。ここでは、次の公式を取り上げてみます。

動機づけ(やる気)=価値(結果に対する評価・感情)×期待(上手くいきそうだという実感)

価値とは、簡単に言ってしまえば、結果に対する報酬です。当然、報酬ですから、大きい方がいいのです。具体的に言えば、結果に対して自分がどう思うか、他人からどういう賞賛が得られるかということです。できて嬉しいとか、大きな賞賛が与えられるとか、誰もができることではないことをやって鼻高々だということが、価値ということです。魅力的な目標と言ってもいいかもしれません。

期待とは、簡単に言ってしまえば、可能性です。当然、可能性ですから、高い方が良いのです。可能性とは、自分ができると思っているという感覚です。

分解すると、「結果期待」と「効力期待」と「手段保有感」に分かれます。

結果期待は、頑張れば上手くいくという実感です。この実感を大きくするためには、過去の自分の成功体験を思い出すことが重要です。

効力期待は、後でも触れますが、結果を出すために自分は努力できるという感覚です。この感覚を高めるためには、他人の成功体験を聞いたり、大きな目標を細切れ(ブレイクダウン)にして実行可能な小さな目標にしたり、教師の励ましを受けたりすることが必要です。

最後に、手段保有感は、結果までのやり方がわかっているという感覚です。この感覚を高めるためには、教師がスキルを教えればよいのです。この感覚が低いと、いくら、他の二つの期待が高くてもやる気にはなりません。やり方が分かっていないのですから、やる気を出せと言われても無理な話です。行動ができないので、結果は出るはずがありません。

よく分かる授業は、子どもの効力期待(この課題はやれそうだという自信や信念)を高め、手段保有感(やり方が分かっている感覚)を高めます。だから、小学生でも中学生でも、授業がよく分かるとやる気になるのです。

分かる解説とは、既に知っている情報(知識・考える枠組み)を使って、新しい知識が整理されることです。”ああそうか!”と思うのは、既に知っていることと、新しいことが関連付けられた時です。ですから、私たちの授業では既に知っている情報をどう子どもたちに見せていくか、そしてどうやって未知の情報と関連付けるかが、重要なことなのです。後の章でも、別の側面で分かりやすい授業について触れますが、ここでは、以下のようなステップをまずは理解しておいてください。

①子どもが「分かる」ために、全体像を示し、本時の学習の目標を明確にする

②復習(既習事項の確認)ー既習のルールを確認する

③問題の提示ー既習のルールでは解決できない問題で、新しいスキルが必要であることを確認する

④新しいルールを提示ー問題を理解するための新しいルール(スキル)を伝える

⑤新しいルールに関する定義を明確にする

⑥新しいルールが適用できる場面や条件を明確に伝える

⑦応用ー新しいルールの発展的使い方を教える

(P.52~55)

☞以前の記事で、「授業だけでは成績は上がらない」という現実を見てきた。

nekomin-lesson-learning.hateblo.jp 

nekomin-lesson-learning.hateblo.jpでは、授業にはどんな役割があるのか?その答えを示しているのがこの文章である。

著者の中土井氏は、動機づけの理論を使って説明しているが、平たく言えば授業の目的は、「内容が魅力的かつ、自分にもできそうだ」と思えるようにすることなのだと思う。

いま読んでいる学習理論の本でも、「ヒトの脳はエネルギー消費を抑えるためそもそも考えることを避けるようにできているが、問題が解けそうだという見通しができると、意欲的に取り組めるようになる」という内容の知見が紹介されている。

授業で「できそう」な感覚を高め、原理・原則に則った勉強法で「定着」させる。

授業と勉強法指導は両輪であり、成績向上のためにはどちらの要素も欠かせないのだ。

そして文章の後半では、生徒がやる気になる解説=わかる解説のポイントが紹介されている。私が思うわかる授業のポイントとほぼ符合していた。

 

【発問の「パターン」】 

さて、発問の効果には、どのようなものがあるでしょうか。教師が子どもたちに発問することによって、①子どもたちに学習に対する興味・関心が生まれ、②子どもたちの思考が促進され、③子どもたちが、あることに気づき、または新しい何かを発見する授業になります。また、そのことから、④学習の理解と定着がなされ、⑤問題解決能力が向上します。教師の側から言えば、⑥発問し、子どもたちが答えることで、承認活動が活発化し、⑦教師と子どもたちに一体感が生まれるはずです。

また、発問することによって授業にリズムが生まれ、間ができ、テンポが変化して、教師と子どもの協働作業によって授業が構成されることになります。発問に答える子どもたちは、みんなの中で自己表現することを学びます。そして、インプットだけの授業からアウトプットを重視した授業に変わります。今までの授業は知識をインプットするだけのものでしたが、知識をアウトプットすることが求められる授業に変わるのです。

それでは、具体的にどんな発問のパターンがあるのでしょうか。大体以下の7つのパターンを押さえられていれば良いのではないでしょうか。

 

①本時の課題解決に必要な既習事項のスキルを気づかせる

例)「形容詞ってどんなはたらきをするんだっけ?」

②根拠を尋ねる

例)「なぜ?」「どのように考えたの?」

③思考作業のプロセスを確認する

例)「どうやって解いたの?」「どんな式を立てたの?」

④類似点、相違点を明かす

例)「どこが同じ?どこが違う?」「何に似ている?」

⑤解決の糸口を見つける

例)「どうなればいい?」「どうなれば解けそう?」

⑥解法手順を定着させる

例)「まず何をするんだっけ?」「次に?」

⑦理解の確認

例)「ここを先生が今言ったように説明してみて?」

(P.105~107)

☞「その教師が一流かどうかは発問を見ればわかる」教育界ではこのような言説をよく耳にする。

有効な発問をするためには、

1. 教える内容の構造の理解(素材研究)

2.生徒の学習歴、保有している体験・知識、思考の傾向の理解(学習者研究)

3.1・2を踏まえた思考場面の設定(指導法研究)

が前提として必要であり、これらが入念に行われていることが、よい授業(=内容が魅力的に感じられ、自分にもできそうだと思える授業)の必須条件であるためだろう。

この文章では、その発問の具体的な機能について注目している。特に上に挙げた3を考える上での手掛かりになりそう。

 

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著者の中土井鉄信氏は、塾講師としてのキャリアを積み上げ、コンサルタントとして塾経営の改善を推進する仕事を行う、いわば塾教育のスペシャリスト。

本書は学生時代にも読んだことがあるが、経験を積んだいま改めて読み返すと、大いに刺さるものがあった。

動機づけが授業の主な役割であること、発問の使い分けなど、授業を構想する段階で参考にしたい要素がいくつも紹介されている。

「本は買って読め」とよく言われるが、自分で所有していると読み返した時にこうした再発見があることを体験すると、説得力が増してくる。

 

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【読書】勉強大全 伊沢拓司

【基礎=簡単ではない】

そもそも「基礎」とは何なのでしょうか。使う文脈によってその意味は大きくブレてきますから、ここでバシッと決めてから進めましょう。

僕がここでいう基礎とはずばり、「教科書に直接書いてあること」です。数学なら「例題」として掲載されているような事項まで、歴史なら諸々の単語とそれらの意味付けやつながり、英語なら通り一遍の単語と文法事項などです。大学入試に限っては「センター試験の範囲」と考えても、そう違いは無いでしょう。

ここで基礎について決めたので、その上にある「応用」についても決めてしまいます。「基礎より難しいもの」として定義されがちな応用ですが、ここでは以下のように定めます。

応用とは、「基礎を組み合わせてできること」とします。数学でいくと、やや込み入った内容ですが確率漸化式なんかがこれに当たります。歴史なら「この年代に起こったこれらの出来事は、後世にどのような影響を与えたか論ぜよ」みたいな問題がそうですね。もちろん、基礎と基礎を組み合わせて作られた内容が教科書に載っていることもあるんですが、それは教科書で説明されているからという理由で「基礎」に含めます。

さて、基礎を決めましたから、今度は「完成」を決めましょう。

「基礎を完成させる」なんて言ったって、なにもセンター試験で満点取れとかいう話ではありません。国語なんて満点が誰もいない年もあるわけですから。例として挙げたのはセンター試験の点数ではなく、あくまでセンター試験の「範囲」の話です。

ここでの「完成」は、「どの問題が出ても、どのジャンルからの出題かある程度わかること」とします。

別に解き方そのものを忘れていたり、知識が抜けていてもかまいません。「どの道具を使えばいいかだけはとりあえずわかる」状態です。

しかしだ。「教科書の範囲をだいたいさらうだけで基礎は完成?意外とチョロそうじゃね?」と思ったあなた、甘い。基礎、イコール、簡単などと思っていませんか?

基礎的な事項だからといって、それをマスターするのは簡単なことではありません。

「九九」は小3以降の算数の基礎になる内容ですが、みんな苦労して覚えるものです。

(中略)

点数を安定させ、自分の努力をプラスに反映させるのに必要な「基礎の完成」。そうそう甘くはありません。教科書を丁寧に追い理解することをナメない。そこがスタートです。(P.194~197)

☞「基礎=簡単、応用=難しい」このあまりにも定着したイメージが、学力向上の妨げになってしまっている場面にはよく遭遇する。

勉強はしているのに、なかなか点数が伸びない生徒に限って、「教科書の例題や、計算問題なら(簡単だから)できる」と自分では思っているものの、実際に説明させてみたり、解かせてみるとあやふやな部分が実に多い。

私はよく「基礎=できていないと話にならないが、それだけできていても点数には結びつかない土台」などと生徒には説明するが、ここで難しいのは、基礎は”直ちに点数に結びつかない”ことが多いため、成果を実感しにくいということだと思っている。

基礎を固めないまま、応用ばかりに取り組もうとする生徒が現れるのも、勉強の成果を実感しにくいことと無関係ではないだろう。

伊沢氏が言うように、基礎の役割と範囲を明らかにすること。どれだけ取り組んだのかが分かるように工夫することなど、モチベーションを下げない工夫が求められる。

 

【暗記=やみくもというイメージを捨てよう】

「暗記」は「諳記」とも書きます。本来の意味としては「諳記」の方が適切なように思えるのですが、「諳」の字があまりなじみのないものであるため、前者が一般的になっています。

「諳」は「そらんじる」と読みます。「何も見ないで言えるように覚える」ことです。

ですから、「暗記」というのは「何も見ないで言えるように覚えること」というのが本来の意味です。「諳誦」の「諳」ですね。「暗い」という字がもたらすマイナスのイメージは本来の意味には含まれていないのです。

入試というものは、自分の中にある知識を、教科書などを見ない状態で繰り出して解答していく作業です。つまりは、「何も見ないで言えるように覚えたこと」を使って点数を取っていくわけです。

(中略)

マクロ暗記とは、「大枠を覚えておけばいいもの」に適した暗記法のことです。

例えば、数学の証明。よく記述式で出題されますが、模範解答と一字一句同じ解答が求められるということはないですよね。歴史の記述問題も、大まかな事実のつながりや、事件の意義について覚えている必要はありますが、少しでもピースが欠けたら即アウト、ということはありません。学校や会社で行うプレゼン原稿を覚えるのも、この暗記タイプに入るでしょうね。

要するにこれら「マクロ暗記」モノは、どれも「大事な構成要素と、それらのつながり方さえ覚えておけばいい」わけです。

(中略)

マクロとは反対に、細かな所にフォーカスするのがミクロです。マクロ暗記として説明した内容から、ミクロ暗記についてもある程度推測がつくでしょう。

「ミクロ暗記」が必要なモノは、細部まで覚える必要があるものです。漢字の書き取り、英単語の綴り、社会の用語、数学の公式などなど。

ここに挙げたものはどれも「テキストに書いてあることをそのとおりに再現することに意味があるもの」です。英単語も漢字も、細部が違ったら別のものになってしまいます。

(中略)

暗記の定義から考えたとき、より目的=「知識を何も見ないで再現して点数につなげること」に近い練習法は、「再現できるか試してみる」ことだということです。

(P.223~231)

☞最近は読解力重視の問題も増えてきたが、それでも問題で問われていることを「読解する」(=文章を構成要素に分解して整理し、要するに何を言いたいのかを明らかにする)ためには、やはりその構成要素についての知識が必要になる。

そこで知識を「覚える」ことになるわけだが、ここで何かと目の敵にされやすいのが「暗記」である。

伊沢氏が書いているように「やみくもに覚える」というイメージが定着してしまっているためなのだろうが、目的無くむやみやたらと丸暗記しようとするのであればともかく、そのイメージを否定したいがあまり、覚える必要のある知識まで覚えずに済まそうとするのは賢い選択とは言えない。

ここで紹介されているマクロ暗記・ミクロ暗記という分類は、覚える対象(目的)に応じて暗記の在り方を分類している。

理科においては、まさにこの「マクロ暗記」を求められる内容(=計算問題、記述問題、作図、説明文選択…etc)と「ミクロ暗記」(=語句、空所補充…etc)が求められる内容が混在していると言ってよいだろう。

授業の中で、いま教えていることはそのどちらにあたるのかを明示できれば、暗記に対する生徒の心構えを作ることができるかもしれない。

 

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クイズ王・伊沢拓司氏が、自身の経験をもとにロジカルに勉強法の「原理」を書き下ろした本書。大学受験の事例が中心だが、中学受験や高校受験においても共通するエッセンスが詰め込まれている。

「基礎とは何か」「暗記とは何か」…いわゆる「勉強ができる人」が無意識のうちに実践していることを、かなり言語化することに成功しているといえるだろう。

自分が受験生の時に、ぜひ読みたかった一冊。

 

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